最近強く感じたこと2点

平成16年04月:私の想うこと

フジTV・共同テレビ制作の「白い巨塔」は、本年3月末で放映が終わったが、久し振りに緊張して見られた近年まれにみるTVドラマで、40年前に見た故田宮二郎主演のリメーク版として懐かしく毎週楽しむことが出来た。

もとより切り口として40年前に当時タブーであった医療の社会問題に取り組んだ山崎豊子女史の原作の素晴らしさはいうまでもないが、財前教授役の唐沢寿明の演技も秀逸であった。ライバルの内科医江口洋介や財前の愛人役の黒木瞳をはじめとして、石坂浩二、西田敏行、伊武雅刀、池内淳子、かたせ梨乃、水野真紀、野川由美子、上川隆也、片岡孝太郎、伊藤英明、西田留美等のキャストはそれぞれに味が出ており、特に矢田亜希子の透明感のある美しさには感動した。

井上由美子の脚本も、原作を現代医学にマッチさせ、良かったし、特にドイツのアウシュビッツの毒ガス収容所にある線路(テレビ初放映)、右へ行っても左へ行っても死が待っている風景は印象に残った。

とかくフジTVというと若者向きの番組編成が多いと思っていた私には、ドラマのフジTVの魅力をまざまざと見せられた。また、音楽が非常に良く、今でも耳に残っている。医療問題が、取りざたされる昔今、このような社会問題を力量感あふれるドラマの放映を通して、社会問題を提起する姿勢に今後も期待し、注視して行きたいと思った。

表現・言論の自由とプライバシー・人格権

週刊文春3月25日号の「田中真紀子長女わずか1年で離婚」との独占スクープ記事について、出版禁止を命じた東京地裁の仮処分決定について、東京地裁は3月19日、発行元の文芸春秋が申し立てた異議を退け、出版禁止命令を許可する決定をした。この報道について波紋が広がっている。

言論を制約する裁判官の暴挙(文春側)か、それともプライバシー権、人格権を軽視した週刊誌の止まらぬ暴走に司法が警鐘を鳴らしたのか。

私も3ページの独占スクープなるものを読んだが、私人である長女が親の反対を押し切り入籍した後、米国での新郎日経記者A氏とのすれ違い生活の故、離婚したとの記事で、独占スクープなどと銘打つ程の事もなく、ましてや公益目的などとはとても認められない。傷心の長女を思えば、電車の中吊り広告までされてアピールされることは、まさにマスコミが読者の好奇心をあおる態様で掲載しており、個人のプライバシーを商売のために侵していると訴えることも十分理解できる。

当初の裁判官と別な裁判官3人の合議の結果、出版禁止命令を支持したことは、「プライバシー侵害」と「表現の自由」を巡る今後の司法判断に影響を与えそうである。

今まで名誉毀損やプライバシー侵害についても、被害者が政治家や芸能人で報道内容が事実であれば公益性が有りとしてメディアは免責されてきたが、今回の記事は被害者本人が政治家でも芸能人でも無くいわゆる有名人家族の暴露記事に過ぎず、ゴシップを垂れ流し、売り物にし続けてきたマスコミに対する大きな警鐘と言えよう。

文春側が、「長女が将来政治家になる可能性がある」として記事の公共性や公益性を主張したが、「政治家の家族でも、政治と無縁の一生を終える場合も少なくない」と地裁は否定したが、これももっともと言える。政治家の子供がすべて政治家になる、芸能人の子供がすべて芸能人になるなどと主張することこそ、それぞれの子供の将来を封建時代の如く決めつけ、職業の選択の自由をマスコミ自らが否定したことである。

表現の自由は国民の知る権利を保障する民主主義の根幹の権利であることは言うまでもないが、週刊誌に限らず各メディアは、改めて人権についての報道姿勢を見直さなければと思う。

その後、3月31日に「週刊文春」の出版禁止を命じた東京地裁の仮処分決定について、東京高裁(松本真哉判長)は、発行元の文芸春秋の抗告を認め、出版禁止命令を取り消す決定をした。

地裁と高裁とで異なる判決が出たことで、「プライバシー権」と「表現の自由」の調和をどう図るか、議論が再燃している。長女側は最高裁に特別抗告する方針と伝えられる。

文春側は、出版禁止の取り消し決定に鬼の首をとったかのような態度であるが、高裁決定も①公共性②公益目的③被害者に重大で著しく回復困難な被害を与える恐れがあるとの三点で考えるのが妥当との考え方を示した。

いずれにしても、販売予定77万部の内、未出荷だった3万部の発売禁止がとかれたに過ぎず、文春側はこの裁判で、完全利益を得るかもしれないが、今後賠償問題等も俎上に上がるだろうし、名誉毀損やプライバシー侵害が改まる気配のない雑誌報道に対する裁判官や国民の不信感に、マスコミ側がどう自主努力で解決するかが注目される。

今後も、社会的問題の一つとして、注目して行きたい。