「協働」を名実ともに築き上げるために

平成17年01月:私の想うこと

1230最近の田中区政には疑問が感じられる

田中区政が誕生してから早や2年が過ぎた。この間矢継ぎ早に区政改革に取り組み、いくつかの解決も見た。しかし、最近は区政の取り組み方について、これまでの神山区政とは自分はこう違うのだということを顕著に示すことが時として先行してしまうようにすら見える。最近の行動や手法には、これまでとは異なっているという特色・独自性を出そうとする、焦燥感すら感じられる。

確かに今の中野区は、財政を始めとしていろいろな諸問題が山積しているのも事実である。しかし、改革しようとするウイングが広がりすぎ、焦点がボケているのではないかという疑問を感じる。

最近、いろいろなところで「協働」(cooperation:コーアペレイション)という言葉をよく聞く。

田中区政が取った対話集会・区民参加の手法もその一つである。

しかし、何回かの区民との対話集会やパブリックコメントなどを見ているうちに、区民との真の「協働」とは遊離しているように見えてきた。言葉は悪いが、今やそれは単なる「ガス抜き」のための集会となっているのではないだろうか。
それは、参加人数の減少と合わせて、毎回ほぼ同じ人しか参加していないというところにも表れている。

この件について、10月5日の都政新報に「協働」を築くと題して大変面白い記事が載っていたので紹介したい。

「協働」の実験的試みが行われている(文京区)

『基本計画など行政計画づくりでも、最近ではパブリックコメントなどの手法を駆使して、区民との「協働」をアピールする自治体が増えた。かつては「住民参加」の一つの手法として懇談会や審議会などの委員に住民代表を加えていた。

しかし、その実態は相変わらずの行政主導で、報告書づくりなどは、すべて行政側のシナリオどおりに行われていた。その旧来型手法を脱する理念が「協働」だが、その実験的な試みが文京区で行われている。

区では公立保育園の公設民営化方針を打ち出し、既設の保育園2園を来年4月から社会福祉法人などに委託する予定だった。しかし保護者の反対意見が強く、保護者委員を加えた「協議会」を設置。この春から協議を重ね、7月には中間的な報告書をまとめた。

ここまでは、どこの区でも行われる普通の手順である。しかし、文京区の場合は、行政側がシナリオを描いて、そこに保護者側を誘導するという従来のやり方をとらなかった。中間報告も協議会で議論された内容をそのまま記述した、いわば経過報告。しかも、行政側と保護者委員の意見がまとまらず、結局、実施日の1年延長を決定。最終報告では、いくつかの手法を比較検討しながら、具体策を検討していくこととなった。

普通なら行政側が「見切り発車」するか、提案を微修正して押し切るなどのやり方をとりそうである。しかし、区長は「保護者と徹底的に議論しろ」と行政側の無理強いを退けた。担当者からは「先が見えない」の嘆きも聞かれるが、「協働」を名実ともに築き上げるための試練と受け止め、汗を流して欲しい。』

◆ ◆

私は、この記事の中で、特に興味を持ったのは、区民との対立がある場合、ややもすると行政が見切り発車するのが常の中、文京区長は、「保護者と徹底的に議論しろ」と行政側の無理強いを退けた事である。形だけの対話集会でなく、真の「協働」とは何かを改めて中野区も問い直す時期ではないだろうか。