子供の教育問題は大人社会の裏返し

平成18年09月:私の想うこと

まだまだ残暑厳しい毎日ですが、中野新橋駅前商店街のカラオケ大会(8月23日)に続き、弥生地区のお祭りも盛況のうちに無事幕を閉じました。さらに区内各地域で今月中旬まで祭りは続きますが、毎年、お祭りが終わると、吹く風にもどこか秋の気配を感じるようになるものです。

カラオケ大会やお祭りでは駅前通りから車を締め出し、いろんな屋台が並びました。浴衣を着た子ども達が真剣な面持ちで金魚すくいをしたり、焼きソバやソーセージをほおばったりしている姿を見ていると、子どもたちの思い出の中に祭りの楽しさがいつまでも残ってくれればいいなとひとしお思いました。

というのも、学級崩壊や「キレる」「むかつく」子ども達がいつの間にか当たり前になってしまったからです。10代の少年達による凶悪犯罪続出、親による児童虐待増加など、今や子ども達の教育環境は危機的な状況にあり、学校や家庭で個々に対応するには限界を超えた、社会的な病理現象とも言える深刻な様相を呈しています。

昔はよその子どもでもほめたり叱ったりしながら、地域全体で育てたものです。子ども達も仲間だけでなく、いろんな大人にふれることによって、我慢や辛抱を覚え、一人の人間としての生きた実体験を身につけて成長したものです。勿論、教師もいじめなどを放置せずに躾にも真剣に取り組んできた筈です。

なぜ変ってしまったのでしょうか。今やコンクリートジャングルに囲まれた都会の中で、どこの商店街も後継者不足や売上減少に悩んでいますが、商店街の衰退は同時に健全な地域社会の交流機能低下にも密接な関りを持っているのではないでしょうか。都市化によって私たちもバラバラになってしまったような気がします。

子ども達の現状の問題は、一家に一台のテレビから、それぞれが個室で自分専用のテレビを持つようになって家族の会話も途絶えてしまったとか、活字離れが進んだとか、様々な原因があるでしょうが、物質的な豊かさや快適さを利己的に追求してきた私たち大人社会と直接繋がっているのもまた事実です。大人のエゴや格差社会の拡大が、いじめや不登校に暗い影を落としているとしたら、教育改革は一朝一夕に成るものではありません。

あの祭りの日、金魚すくいや焼きそばに夢中になっていた子ども達がそれぞれ個性を伸ばし、明るく成長してくれることを願ってやみません。