今こそ教育のあり方を考えよう!

平成18年11月:私の想うこと

必修科目の履修漏れ問題が連日報道されています。

11月9日の読売新聞によれば、文部科学省は4年前に必修逃れを把握していたとか。政府はこれまで「一義的な責任は学校」(塩崎官房長官)と文科省に法的責任は無いと強調してきた手前、どう対処するつもりでしょうか。いじめ問題にしても、誰かが潔く責任を取ったというためしがありません。

必修逃れの背景にはいろんな要因があるのでしょうが――救済策だけで、これといった解決策も見当たらないことが如実に証明しています――私が声を大にして言いたいのは拡大する格差社会の弊害です。

足立区の教育委員会は、都と区が実施している学力テストの結果をもとに区内小中学校の各校をA~Dの4ランクに分類し、「特色ある学校づくり予算」の配分時に最大300万円の差をつける予定でした。このことが11月4日の報道で明らかになると、7日夕刻まで100件以上の意見が寄せられ、「学校格差を広げる」などの批判的な見解が大半で、教育委員会は早速この方針を撤回しました。(11月8日の東京新聞)

Dランクの学校に行きたいという子どもがどこにいるでしょうか。テストの結果が悪いのだから諦めなさいと親は言うのでしょうか。それとも差額の300万円はDランクの学校に優先的に配分して、その金でランクアップさせるつもりなのでしょうか、と皮肉の一つも言いたくなります。

Aランクだけを金銭的にもますます優遇し、他は切捨て、「自己責任」で「再チャレンジ」してみたらという風潮がまかり通る世の中で、受験科目でないものはたとえ必修科目であろうとも時間の無駄、と学生たちが思うのも当然ですね。しかも進学名門校というブランドに汲々としている学校関係者がそれを黙認する。かくして格差社会で勝ち組になるには、受験勉強一本やりで、他者への思いやりや友情さえもなんの得にもならないと信じる学生達が増え続ける、と言ったら言い過ぎでしょうか。

我々も単に行政や教育委員会に任せるのではなく、教育のあり方を真剣に考える時が来ているのではないでしょうか。