後藤新平を再評価

平成19年10月:私の想うこと

09279月12日(水)、午後7時から新宿の紀伊国屋書店創業80周年記念の一つとして、新宿セミナー9days talk lineが行われました。当日は、明治、大正、昭和初期に活躍した「後藤新平」について、青山佾(元東京都副知事・現明治大学大学院教授)・塩川正十郎(元財務大臣)・御厨貴(東京大学教授)の三先生により、「今、何故後藤新平なのか!」についてのトークが行われました。

1920年東京市長になり、没後80年の月日を経ても彼がなした日本の経済・社会の近代化に向けて行った、鉄道・道路・上下水道・電力・郵便・放送・教育などあらゆる分野において、スケールの大きな発想と着眼点が日本の将来を見抜き、今の現代の基礎を作り上げました。また、当時台湾の市政、改革を唱導し、今でも台湾では当時の民政局長としての功績を評価しているとのことでした。彼は、構想が雄大で「大風呂敷」という人が今でもいますがそうではありません。例えば、関東大震災で焼けた面積を上回る整備をしたり、大正12年、今の昭和通りを作るにあたって、今では当たり前となっている44メートル幅の雄大な構想を持っていました。

また、数多くの現代に通ずる名言を残し、また、「社会保障をする前に社会資本を整備せよ。」「出ずるを計って、入るを制す。」「条約上だけでなく、真に国民と国民が交わるかどうかである。」「学校を出たならば、改めて社会的新書生でなければならない。」「学歴ではなく、学力を重視すべきである。」など、予見性、先見性を持ったものでしたさらに、「国民が政治について議論する場が必要だとの信念(現代の民主主義を先取りした)」から日本で最初の日比谷公会堂を作りました。

「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そして酬いを求めぬよう」との「自治三訣」は、今年生誕150周年を迎える後藤新平が、晩年に何よりも大事にした言葉です。私は、この言葉を今の政治家に是非知って頂き、守ってもらいたいと思いました。

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