9月を防災の年中行事の月にしないために・・・

20150901

2011年3月11日:東日本大震災後の風景

9月は防災月間です。

1923年(大正12年)9月1日午前11時58分32秒、死者・不明10万5000余人に及んだ関東大震災が発生してから、今年で92年が経ちました。そして今、首都直下地震はいつ起きてもおかしくないと言われています。

事実、今月1日から各戸に配られた「東京防災」(東京都総務局総合防災部発行)でも、扉のページに「30年以内に70%の確率で発生すると予測されている、首都直下地震。あなたは、その準備ができていますか」と警告しています。

この首都直下地震については、東京都防災会議地震部会が平成24年4月に被害想定を公表しました。震源地の場所によって被害が異なりますが、最も甚大な被害を受けるのが東京湾北部を震源とするもので、炊事などが集中する冬の夕方6時、風速毎秒8mの気象状況の下、M7.3の地震が起きると、都内の死者9,641人と想定しています。

さらに中野区の被害想定をピックアップすると、死者214、負傷者2,415、全壊棟数2,241、半壊棟数7,361、出火件数24、焼失棟数7,222、焼失率10.7%、避難人口76,807(避難生活者数49,925、疎開者人口26,883)となっています。

この数字はあくまで中野区全体であって、地域によって危険度が異なることは言うまでもありません。被害想定が公表された翌年の平成25年9月、都内5,133町丁目ごとの地震に対する危険性を比較するため、東京都都市整備局市街地整備部が「あなたのまちの地域危険度」を公表しました。地盤が台地か谷底低地かどうか、道路基盤整備が進んでいるかどうか、木造建物が密集しているかどうか等で、危険度がランク付されています。

ところで、大規模地震に立ち向かうには自助・共助・公助のすべての力を結集しなければなりません。しかし、私たち一人一人が家具類やオフィス機器等の転倒・落下防止措置を日頃から怠らず、また地震発生後の避難生活に備えた食料品・医薬品等の備蓄準備をするのは当然としても、やはり限度があり、なによりも公助(行政)の力が重要です。区政に対する区民の要望も、防災対策は常に上位を占めています。

中野区も懸命に防災対策に取り組んできました。しかしこれで十分とはとても言い切れません。まず予算に限りがあります。今年度予算を見ると、都市基盤整備等に必要な投資的経費は前年度より26.8%増えて約220億3500万円となったものの、人件費約213億7900万円、生活保護費などの扶助費約340億2500万円に比べると、この程度の財政規模では、区民は決して満足しないのではないでしょうか。

水道水の避難所への確実な供給体制の構築など、今、しかも迅速に、やるべきことが山積されています。今後30年以内に70%の確率で起こるとされる首都直下地震の被害を受けるのは区民の一部でなく、区民全体だという視点を行政は忘れてはならないと思います。

また、震災対策には施設や設備などのハード面に加え、人の働きが関わっているソフト面も不可欠です。

9月の第3月曜日は「敬老の日」。中野区では今年度より新規事業として「災害時避難行動要支援者の支援」を始めました。これは、災害時に一人では避難が困難な方(要支援者)が確実・迅速に避難できる体制を整えるため、職員等が訪問して実態を把握し、個々に応じた個別避難支援計画を作成するものです。それには地域の人々の支えが必要です。

今後、中野区の高齢化は急速に進み、2030年には4人に1人が高齢者になるものと推計されています。今月は防災だけでなく、地域でそれぞれの人が支え合う「絆」についても思いを馳せる月ではないでしょうか。9月を防災の年中行事の月にしないためにも。