中野駅周辺まちづくりで活気とにぎわいを・・・

平成24年02月:私の想うこと

「警察大学等跡地」と云っても他区の人にとってはなじみが薄いかも知れませんが、JR中野駅に程近い、この跡地の整備が順調に進んでいます。今春には公園(1.5ヘクタール、東京ドームの約3倍)や道路が供用され、私達だれもが自由に使えるようになります。また、同時に業務商業施設等も竣工されます。そして25年春には明治大学、帝京平成大学のキャンパスが開校、26年春に早稲田大学国際コミュニティープラザ(仮称)も開設されます。

考えてみれば、この跡地にはいろんな歴史がずっしりと詰まっています。もともとこの一帯は徳川家康が伊賀忍者に給地したもので、五代将軍綱吉(在位1680〜1709)の時代、犬屋敷が出来ました。「生類憐みの令」で収容した野犬の数は最盛期4万頭とも10万頭ともいわれています。綱吉の死後、犬屋敷は廃止。そして八代将軍吉宗(在位1716〜1745)の時代に紅白の桃の木が沢山植えられ、「桃園」と呼ばれました。やがて安永6年(1777)この辺一帯が鶉(うずら)の御猟場となると、次第に桃の木も減り、わずかばかりの本数が明治の末までは残っていたそうです。それから陸軍中野学校が出来ました——。今後乗降人口が増え、これからさらに学生達が集うであろうこの跡地がどう変貌を遂げるのか・・・。

一方、中野駅周辺の整備も急ピッチで進められています。

私も「中野駅周辺地区等整備特別委員会」の委員として、今後まさしく中野の顔となるであろうサンプラザ地区一体整備や、区内交通結節点周辺のまちづくり等について調査研究を続け、にぎわいのある、住みよい中野を目指してまいりました。中野駅でも北口改札や北口駅前広場を改修し、歩行者を中心とした広場に生まれ変わります。また、今年3月には中野通りを跨ぐ形で東西連絡橋が架設され、更には駅西側に西口と南北自由通路を竣工し、誰もが中野駅に安全に行き来できるようになります。そして平成30年頃には、北西側の新北口広場は都市型複合交通ターミナルとしてバスバースや駐輪場、駐車場を整備、車両の出入り口は中野通りの自動車交通の集中を避けるため広場西側に確保する予定です。

少子高齢化が進む中、中野区の人口も平成26年にはおよそ293,000人、平成17年と比較して5,000人減少すると予測されていますが、警察大学跡地を含め中野駅周辺の整備が順次整うにつれ、活気あふれたまちになるようにして行かねばなりません。